長野県飯山市。長野県の北端にあり、唱歌「ふるさと」「朧月夜」に歌い継がれる光景の広がるこの土地に、縁あって撮影に通っている。飯山で撮影した様々な光景をお届けする連載「飯山折々」、今回は8月上旬の光景をご紹介したい。
8月上旬、晩夏・大暑の頃
飯山の夏も暑い。
北信地方と聞くと、なんとなく夏の暑さも少しは爽やかさが感じられるのではと期待してしまいそうなところだが、気温は東京と変わらない。照りつける日差しの強さも強烈だ。そして、広く開けた空の下に日陰は少ない。
こんな夏の暑い最中に道を歩いていると、通りかかる車(ほぼ軽トラック)のおじさん達の注目を浴びてしまう。そもそも、この辺りでは普段から道を“歩く”人が少ないので、カメラをぶら下げて歩いていたり、道端にしゃがみ込んで何やら撮っている人は目立つのだろう。
ひぐらしの声
古民家の中は心地よい風が通り抜けて気持ちが良い。気温は東京と変わらなくても、日差しを直接浴びていない時に感じる風や空気の気持ちよさは、東京とは全く違う。
コンクリートやアスファルトに囲まれた都市部では熱い空気に蓋をされているような息苦しさを感じるが、ここでは山や森や川や田畑の上を空気が渡っていく。澱まずに、流れている空気は息がしやすい。
家の中でのんびりと本を読みながら味わった夏の空気は、懐かしさに溢れていた。遠い昔、こんな風に夏を感じていたことがあったような気がするのだ。
陽が傾き、辺りが少し薄暗くなってくると、カナカナカナカナ…とひぐらしの声が聞こえてくるようになる。ひぐらしの鳴き声は不思議だ。実際にはごく近い距離で鳴いていたとしても、その声はいつも遠い過去の時間から響いてくるようで、切ないほどの郷愁を運んでくる。
夏の夕暮れ
ひぐらしの声がまばらに遠ざかっていくと、今度は夕焼けの時間が始まる。黄昏時の西の空、山の端に沈む夕日に雲が照らされて金色に輝く。
夕焼けは空全体に広がっていく。鮮やかな西の空に対して、東の空は柔らかな夕焼け色に包まれる。この日は、夕立があった訳でもないのにその空に大きな虹がかかっていた。
夕焼けが去った後は、あっという間に夕闇に包まれていく。
逢魔が時(おうまがとき)。家々の灯りにほっとする。
飯山の夏
飯山の夏は、どこまでも懐かしい。けれど、この懐かしさは自分自身の過去の記憶からくるものではないだろう。私自身、このような景色の中で夏を過ごした記憶をほとんど持たないのだから。この感情は、もっと深く遠いところからやってくる。
記憶ではないけれど、確かに憶えている。ここにあるのは、そんな夏だ。