長野県飯山市。長野県の北端にあり、唱歌「ふるさと」「朧月夜」に歌い継がれる光景の広がるこの土地に、縁あって撮影に通っている。飯山で撮影した様々な光景をお届けする連載「飯山折々」、今回は9月中旬の光景をご紹介したい。
9月中旬、仲秋・白露の頃
9月中旬、飯山は稔りの季節を迎えていた。
黄金色に色づいた田んぼ。しっかりと重そうに首を垂れた稲穂の上を、無数の赤とんぼが飛び交っていた。日が傾き始めると、光も黄金色になっていくのがまた美しい。
先月までまだ小さくて青かった柿も、たくさんの実をつけて、足元の草むらには早くも落ちてしまった果実がコロコロと転がっていた。誰かが味見したのだろう、小さく齧られた跡があった。きっと動物たちにとっても秋の実りは待ち遠しいに違いない。
感謝と祈り
間も無く稲刈りを迎える稲。この小さな一粒一粒が私たちの糧なのだと思うと、不思議な感動を覚えた。人が何に支えられて生きているのかを象徴しているように思う。
そっと稲穂に触れた時、心の奥から深い安堵感が湧き上がってきた。こういう感情から信仰が生まれるのかもしれない。感謝と、祈り。
稲刈り
9月中旬のある暑い日に、稲刈りが行われた。私も撮影しながら少しお手伝いさせていただいた。
稲の根元に鎌を当て、ザクッと刈り取っていくのだが、初めのうちは鎌がうまかう使えず、一束を一気に刈ることができなかった。勘が掴めるまでは、しばらくギコギコと苦闘。
刈った稲は藁で束ねて「はざ掛け」し、しばらく天日干しする。こうすることでお米の水分量が減り、甘みや旨味が増すのだそう。
この後、稲が適度に乾燥したら脱穀・籾摺りし、玄米となる。玄米を更に精米すると、ピカピカの白米ができる。
脱穀後の稲藁は、和牛の生産者さんに飼料として引き取られていき、来年春に堆肥が返ってくるのだとか。その堆肥が田畑の栄養となり、また稔りをもたらしてくれる。循環している。
後日送っていただいたこの時収穫した新米は、本当に美味しかった。人の手作業の実感のある温かいお米だった。