コロナ禍による生活の変化で、できないことが増えていく状況に閉塞感を抱いている人は多いと思います。新型ウイルスが話題に上がった当初は「大丈夫でしょ」と高を括っていた私も、徐々に明らかになる敵の正体におびえ「最悪を想定して最善をつくす」と唱えながら暮らしています。
写真を撮ることが外出や人と会うことと共にある人たちにとって、この春ほど悩ましいものはなかったでしょう。さほど行動的でない私でさえ「いつも通りやとあかん」と二の足を踏む機会は多かったです。
そんな環境のなか、食糧の買い出しに出かけたときのこと。
短い時間で済ませなければならず緊張感をもって店内へ、メモを片手に必要なものをかごに入れていきます。野菜売り場にずらりと並んだアボカドを見た瞬間思い出したのは、手伝いに行っていたお店のシェフの「アボカドは青いうちに買って家で熟させるほうが美味しい」という決まり文句でした。
アボカドを一つ買って、台所の窓辺に置きました。料理のときは必ず目に入るので、一日に何度もシェフの顔が浮かびます。妙なんだけど憎めない。「元気にしてるかな?」と思います。そして「いま、このとき、こんなことがあった」という光景を残しておきたくて写真を撮りました。
Hasselblad 500C/M と Planar 80/2.8 T* とPRO160NS の組み合わせ。自宅は日当たりが悪く出窓でも暗いので蛍光灯もつけてます。現像とデータ化はフォトカノン戸越銀座店さんによるものです。
「いつもと違う」という感情が生まれる仕組みには、過去との比較が必ずついてまわります。コロナ禍で変わっていく「いつも」もあれば、変わらない「いつも」もある。私はどちらの「いつも」も気になれば見える形にしておこうと写真に残しています。そして、こんなこともします。
ライオンキングならぬピギーキング、出窓のアボカドを撮った次のコマ。
これを撮ったのは「ステイホーム!」としきりに叫ばれた時期。アボカドと同じ場所に置いていたミニチュアが目に留まり、「乗せたかったら乗せたらええやん」の心の声にこたえ乗せました。私は普段このような写真を撮りませんが、不安でぎっちぎちに凝り固まった頭を少しでも柔らかくしたかったのでしょう。これも当時の記録として残しておきたい一枚です。
六月、非常事態宣言が解除となってからは外で撮る回数も増えてきました。いま一番に後悔しているのは、営業を再開された写真屋さんで偶然シェフにお会いしたとき写真を撮らなかったこと。一言「元気?」と声をかけ、お店を後にされました。束の間の出来事。帰り道、スーパーで青いアボカドを買いました。出窓での撮影はもうしばらく続きそうです。
財布、財布、校舎、葉桜、桜、手袋、手袋、花屋、昼食、野菜、豚、花。#今日の十二枚(20.04.21)