少し前のことだが、ある女性誌がバスク地方への旅の特集本を出していた。 私が友達とバスクを旅したのは2006年。なんと14年も前である。にも関わらず、その本に載るバスクの町の印象は、私の記憶の中の町と少しも変わっていなかった。
国境の村オンダリビア 対岸はフランス
バスク地方は、スペイン北東部から海岸線に沿ってフランスにまたがる一地域である。どこから来たのか分かっていない人々は、どこの言語にも似ていないバスク語を話し、何しろグルメ。バスクといえば美食で有名である。 そのバスク地方のスペイン側に、オンダリビアという村がある。 フランスとの国境を臨む小さな漁村は、バル巡りで有名なサン・セバスチャンから車で40分ほど。オンダリビアの存在を知ったのも、当時のその女性誌が取り上げていたからだった。古城パラドールと、三ツ星シェフが訪れるレストランというような内容で紹介されていたと思う。
オンダリビア アルマ広場 左の壁は古城パラドール
特集本を読み進めていくと、変わらぬ懐かしい店構えが目に入った。 その店の名前は、La Hermandad de Pescadores、日本語で言うと漁業組合である。宿泊していたパラドールで、この店に予約を入れて欲しいとお願いしたら、「すごくいいチョイスだよ」と褒められた。この漁組こそ、三ツ星シェフも食べに来ると言われる名レストランなのである。 店内は、手前が立ち飲みのバル、奥がレストランになっていて、白いクロスがかかった長テーブルがいくつも並んでいた。テーブルを適当に区切って座らせる相席スタイルで、ちゃきちゃきの漁組のおかみさん達が陽気に迎えてくれる。
バルで立ち飲みしているお客さん達。かなり楽しそう。
私たちが訪れた時間はスペイン人の夕食にはまだ早く、バルでは既に飲んでいるお客さんがいたが、レストランの方はまだ埋まっていなかった。
パラドールから「ハポネッサ(ニホンジン女性)が行く」と言われていたらしく、名前を言うまでもなく英語のできる女性が付いてくれて、メニューの説明をしてくれた。 おすすめはLa Sopa de pescados、魚のスープである。
実は私は魚介ものが少々苦手である。 だから普段はブイヤベースやビスクスープ的な魚介の味が濃い料理を選ぶことはない。 しかし、こんなスペインの果てまでやって来て、超絶笑顔でおすすめされる料理を断る訳にはいかない。
目の前に漁師の絵の付いたスープ皿が置かれ、銀器から大きなレードルでサーブされた。 見た目はかなり地味である。なんの飾りもなく、具がごろりと転がる茶色いスープだった。 非常に消極的にスプーンを入れ、一口目を含んで唸った。
飾り気ゼロ。しかし史上最高
いったい何で出汁をとっているのか、まったく分からなかった。魚の味も貝類の味もすると思うのに、どれも突出せず、余計な甘みもクセもない。濃厚なのに繊細。優しくて豊かな味。調べてみたら、メルルーサの骨で出汁を取っているそうだ。 もちろん、その日のメインのカレイのグリルや食後のフラン(プリン)も絶品だった。だが、何といってもあの魚のスープだ。翌日以降に行った名店の数々のどこよりも強く印象に残っている。
店の前はお客さんの路駐でいっぱい。
気づけば店は満席。あちこちで家族やカップルが楽しそうに飲み、笑い、食事を楽しんでいた。スタッフは忙しく行き来していても笑顔が絶えず、常に気にかけてくれる。 美味しい雰囲気に満ち溢れた漁組レストラン。 変わらず愛されていることに安堵したと同時に、あのスープの味に一層焦がれている。